年齢を感じないからこそ

子供の時の姿を見ると、今の姿との違いは何かあまり感じられません。

だって犬というのは、若い時も子供の時も大人になってからも歳をとった時からもそれほど差がないのです。

もしこれが動画で映していたならば、ゆっくり歩くようになったなとか食事の量が減ったなあなどわかるのですが、写真だけではほとんどわかりません。

若い時の方ははつらつな顔をしているとか。年をとった時にはお年寄りのかんじがあるとかわかると言えるのですが、それほど差がないというのがかえってこちらにとっては辛いんですよね。

主人の写真を見るとやっぱり年をとったなと思いますし、私もいずれ天国に行くと考えた時には、何も未練があるというわけではありません。

しかしこの子をみているとこのまま置いておいて大丈夫なのか?私が死んでしまって大丈夫なのか。

などと思ってしまいます。しかし、実年齢は私と比べると、年をとっているってことになりますとても複雑な心境です。

この子よりも早くは死ねませんね。

ロスになる前に

太郎は定期的に病院に通っています。悪いところがあるというのではありません。健康診断がてらにみてもらっているんです。

そうすることによって私自身が安心して過ごせるという意味も込めています。

幸いにも悪いところがないので良いのですが、先生いわく「悪いところがないということはぽっくりいくという可能性もある。だから気をつけて欲しい」と言われました。

先生はおそらく私を驚かせるために言っているのではなく、余りにも私がたろうに依存しているからこそ、できるだけ客観的に見せるためにそのような発言をしてくれている、ということがわかります。

ここでわかってくることといえば、ペットロスにならないためにできるだけ長生きしてもらおうと努力することよりも、今その生きている時に自分がどうやって対処すればいいのかという事を、あらゆる角度から知っておかなければならないということです。

どんなに頑張っても命には限界があります。

だからこそ、覚悟しておかなければならないという事と、そのために動いて最善策はあるのかということをしっかりと勉強しておかなければならないのです。